タイ古式マッサージにおける一般的なサービス内容ブログ:15年10月16日


わしは親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家でお酒に溺れる親父、
そのことで親父をなじる母親。

そしてその怒りを姉やわしにぶつけ、
姉はその怒りをわしにぶつけていました。

家には居場所がない…
子供の時のわしは
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
母親に見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

わしは当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

母親は言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
わしがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通の子供でしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのない親父と母親、姉との確執。
その時のわしの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をウエストにあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
毎日のように思っていました。

そしてある時、わしは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてわしは一度だけ親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
親は頭を下げました。

でも、そんなわしでも
今は少しづつ親父も母親も姉も
許せていっています。

姉に子供が産まれ
実家で子供たちと遊ぶようになった時に、
姉から
「ありがとう」と感謝をされたことで
わしの中で何かがかわりはじめたんです。